「チェリー・イングラム~日本の桜を救ったイギリス人~」:インバウンドに関わる方におすすめの一冊

とても面白い本を読みました。多様性を失っていく日本の桜に危機感を持ち、日本古来の桜を英国に避難させた英国人の生涯と、日本の桜の歴史を綴った本です。

私は、海外の方に日本文化を紹介する機会が多いのですが、「日本の桜・桜文化」に対する自分の理解が不十分であったことに気づかされました。新しい学びをたくさんもらえる本です。みなさまも機会があったらぜひご一読ください。特にインバウンドに関わる人にはおすすめです。

以下、私にとっての新しい学びを3点ご紹介します。

1.染井吉野は新種のクローン

桜の花見は日本の伝統行事。そして、「日本の桜を代表するのは、染井吉野(ソメイヨシノ)」。そんな風に思っていませんか?私は思っていました。

でも実は、染井吉野は「日本伝統の桜文化を代表する桜」ではかったのです。

理由は2つあります。

1つ目は、染井吉野は近代になってから生まれた新しい品種だということ。桜は日本列島に人が住み始めたころから存在していたのですが、それらの野生種(山桜とも)と比べると、染井吉野は明治時代に登場した比較的新しい品種なのです。

伝統的な絵柄を模したお土産品などには、たいてい染井吉野風の桜が描かれていますが、伝統的な桜ではなのですね。

2つ目の理由は、染井吉野が人工的に開発されたクローンだということ。桜は、人間と同様に遺伝子の異なるもの同士で交配し、新しい親とは違う桜が生まれます。兄弟もそれぞれ違う。自然界において桜とは、「どの樹も違う」ということが特徴なのだそうです。

この点、染井吉野は挿木や接木によって増殖させた、同一遺伝子のクローンです。本来の桜の姿からすると、やや不自然な形で生息している桜なのです。

2.伝統的な日本の桜・桜文化とは?

では、伝統的な日本の桜・桜文化とはなんなのでしょう?古代から江戸時代までの桜事情は、現代のものとだいぶ事情が異なるようです。

前述の通り、桜は異なる遺伝子の交配により増殖するため、江戸時代までは実に多種多様な桜が存在したようです。花のつき方や花の色、一重、八重、開花時期も2月から5月までさまざま。同じ里にいても、こちらの桜が散ると、あちらの桜が花をつけるという様に、長い間桜の季節を楽しんだようです。

そして、満開の桜に人は生きる喜びや力強い生命力、再生の力を見ていた。日本人はそういった多種多様な桜を長らく生活や芸術に取り入れてきたのであり、「多様性」と「満開の桜に生命力を見ること」こそが伝統的な日本の桜文化だったのです。

3.染井吉野の席巻と軍国主義

明治時代に入ると染井吉野が開発されます。他の品種と違って、花のみが樹を覆う(花と葉が付く時期がズレる)という特徴があるため、見栄えが良く華やかだと人気になり、またたくまに日本中に植樹されました。

染井吉野の登場は、軍国主義の台頭とも時期を同じくし、桜は(特に染井吉野は)軍国イデオロギーに利用されました。皇室の行事があれば染井吉野の植樹が行われ、皇室・国家への忠誠心の醸成にも大きな役割を果たしたのだそうです。

全国で大量に植樹された染井吉野のクローンは、いっせいに咲いていっせいに散り、桜のように「潔く散る」ことこそが大和心であるかのような思想が浸透していくことになります。

これは私の私見ですが、戦後世代の私達も「桜=散る姿が潔い」というイメージを持つのは、軍国主義は消滅したけれども、散り際に焦点を当てた当時の思想が残り続けたからなのですね。

最後に:多様性を受け入れるDNAは私たちの中に

すべての樹がちがい、一本一本が個性を持っていたという江戸時代までの桜。どこへいっても染井吉野一色の今の風景とはだいぶ違ったのだろうなぁ…と思います。私もいつか見てみたいです。

多くの品種は、この本の主人公であるイングラム氏によって英国へ保護されたようなので、英国で見ることができるかもしれません。

人の社会でも多様性が見直されているように、桜においても再び多様な桜を愛でる文化が育ってほしいと思います。江戸時代までの日本人には出来ていたことなのだから、今の私たちのDNAにも多様性を受け入れる感性が備わっているはずです。きっとできるはず。

追記:この本との出会い

実はこの本、お客様が紹介してくれたのです。

来年の桜ツアーに参加するお客様が、日本の桜の勉強をする目的で読み、感銘を受けて「ぜひタカコにも」といって、著者に連絡をとって日本語版をプレゼントしてくれたのです。

日本への来日を楽しみに、桜の歴史まで勉強してくれているお客様がいる。

すごく嬉しい気持ちと同時に、中途半端な説明はできないなぁと身の引き締まる思いがしています。

投稿者プロフィール

Takako
一年の大半を外国人のお客様と旅をして過ごしています。旅先で感じたことなどを時々アップしています。シドニー在住。
Personalised group/self-guided travel organiser across the world. From the country on the map to the one where your new friends live.
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